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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)630号 判決 1977年12月26日

控訴人 飯嶋博

右訴訟代理人弁護士 高瀬孝男

被控訴人 江連圭治

右訴訟代理人弁護士 鈴木正義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張

(被控訴人の請求原因)

1  原審共同被告加藤弘二(以下加藤という)は、昭和四四年一一月末ころ被控訴人に対し、当時設立を企図していた会社(後に共栄不動産株式会社として設立)の設立発起人となり、設立後は監査役になることを要請し、その手続に必要だとして同人の白紙委任状と印鑑証明書を受取り、これと先に被控訴人から預り保管していた同人所有の今市市大山一、六三〇番山林六、五五五平方メートル他三四筆の土地(以下本件各土地という)の権利証を冒用して、何らの権限がないのに被控訴人の代理人と称して、同年一二月一八日、本件各土地を訴外株式会社飯嶋商会に対し代金二、四〇〇万円で売渡す旨の契約を締結し、同日その旨所有権移転登記を経由してしまった。

2  控訴人は、右訴外会社の代表取締役であるが、加藤が本件各土地の売買について何らの権限もないことを知りながら、若しくは仮にこれを知らなかったとしても、その権限の有無を被控訴人に確かめるべきであったのに、重過失によりこれを確めることなく、前記のとおり加藤との契約により、時価の五分の一という安価な価格で右訴外会社のためにこれを買受けたものであって、その後一ヵ月も経ないうちに、本件各土地のうち三〇筆につき同月二七日訴外石川銀一、福田昭二、高橋邦夫、高橋利夫に代金三、六〇〇万円で転売し、同日その旨所有権移転登記を経由し、又本件各土地のうちその余の五筆につき昭和四五年一月七日訴外渡辺圭治に代金一、〇五〇万円で転売し、同月八日その旨所有権移転登記を経由してしまった。

3  そこで被控訴人は、本件各土地の登記名義を回復するため、前記各所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起したが(宇都宮地方裁判所昭和四五年(ワ)第二七号事件)、右訴訟において被控訴人は石川ら五名の右転得者らから登記名義を回復するため同人らに対し合計金四、九〇〇万円を支払う旨の和解に応ずることを余儀なくされ、これにより被控訴人は右転得者らに右金員を支払い、同額の損害を被った。

4  よって、加藤及び控訴人は共同不法行為者として各自被控訴人に対し右損害を賠償すべき責任があるから、控訴人に対し右損害金の内金二、〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和四四年一二月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める。

(控訴人の答弁及び抗弁)

1  請求原因1の事実中、訴外株式会社飯嶋商会が被控訴人の代理人と称する加藤から本件各土地を代金二、四〇〇万円で買受ける契約を締結し、その旨所有権移転登記を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同2の事実中、控訴人が右訴外会社の代表取締役であったこと、同会社が本件各土地を訴外石川銀一ら五名に転売し、それぞれ所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同3の事実中、被控訴人がその主張の訴を提起し、和解により被控訴人が本件各土地の所有権を取戻したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  被控訴人は、加藤に対し委任状、印鑑証明書、権利証等を交付して、本件各土地を他に売却する代理権を授与し、加藤は、右代理権に基づき本件各土地を右訴外会社に売渡したものである。

仮に加藤に右代理権がなかったとしても、被控訴人は、加藤に対し、本件各土地を担保として金融を得させるための代理権を授与していたのであり、加藤は被控訴人と共同して不動産業を営んでいた者であって、しかも本件各土地の売買の際に被控訴人の委任状、印鑑証明書、権利証等が提出されたこと等の事実に鑑みれば、控訴人は加藤が本件各土地の売買につき代理権を有するものと信ずべき正当の事由を有していたというべきであるから、被控訴人は民法一一〇条の責任を負うべきである。

(抗弁に対する被控訴人の答弁)

抗弁事実は否認する。

理由

一、本件各土地が被控訴人の所有であったところ、加藤が被控訴人の代理人と称して昭和四四年一二月一八日本件各土地を代金二、四〇〇万円で訴外株式会社飯嶋商会に売渡す旨の契約を締結し、次いで同会社が同月二七日本件各土地のうち三〇筆を訴外石川銀一、福田昭二、高橋邦夫、高橋利夫に、昭和四五年一月八日その余の五筆を訴外渡辺圭治に転売し、それぞれその旨所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがない。右事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  加藤は、昭和四四年九月、訴外有限会社野州経済社から金一五〇万円を借受けるにつき、被控訴人の承諾を得て、その所有の本件各土地の権利証(三五筆一連のもの)を預り、その土地に抵当権を設定した。当時加藤は個人で営んでいた不動産取引業を拡張して会社組織に改めることを望んでいたので、被控訴人から本件各土地をその資金の借入の担保として提供してもらうことを企図し、同年一一月下旬被控訴人に対し、右会社設立の発起人と、設立後は監査役への就任方を要請するとともに、前記有限会社野州経済社に対する借受金の返済及び当時本件各土地に差押の登記がなされていた被控訴人の滞納国税約三〇〇万円の納付にも回すからと申し向けて、前記資金の借入の担保に本件各土地を一時提供してもらいたい旨要望したところ、被控訴人もおおむねこれを承諾し、白紙委任状、印鑑証明書等を同人に交付した。

2  そこで加藤は、金策に奔走した結果、訴外横関利延から不動産取引業を営む訴外株式会社飯嶋商会の代表取締役である控訴人を紹介されたので、同人に対し本件各土地を担保に二、五〇〇万円か三、〇〇〇万円程度の前記資金の借用方を申入れたところ、控訴人は貸与することはできないが、二、四〇〇万円でならば本件各土地を買ってもよい旨答えたので、加藤は本件各土地を売却する代理権を与えられていないにもかかわらず、被控訴人の代理人と称して、前に認定したとおり、同年一二月一八日本件各土地を代金二、四〇〇万円で右訴外会社に売渡す旨の契約を締結した。

3  他方、控訴人は、加藤が被控訴人の署名押印のある白紙委任状、印鑑証明書及び本件各土地の権利証を示して代理権を有する旨告げたので、その言を信じ、被控訴人と加藤との関係をそれ以上深く詮索せず、又被控訴人に直接問合せるなどして、被控訴人が真実本件各土地の売却を承知して加藤に対しその代理権を授与したものかどうかを確認することもなく、加藤との間で前記売買契約を締結したものである。そして、即日右代金の内金二五〇万円を加藤に支払うと同時に、本件各土地につき前記有限会社野州経済社名義の抵当権の抹消及び被控訴人から訴外株式会社飯嶋商会への所有権移転登記の手続を了し、その後同月一九日一八万円、同月二三日二三二万円、同月二七日一、九〇〇万円を加藤に支払って代金を完済したが、更に同日本件各土地のうち三〇筆を訴外石川銀一ら前記四名に代金三、六〇〇万円で、また翌昭和四五年一月七日にその余の五筆を訴外渡辺圭治に代金一、〇五〇万円で売渡し、それぞれその頃代金を受領すると共に、所有権移転登記を経由した。

以上の事実が認められる。原審における加藤本人の供述及び前記甲第四号証中には、加藤の証言として、前記訴外会社に対する本件各土地の売買は単純な売買ではなく、譲渡担保契約であり、同人は控訴人から「一年後に二、四〇〇万円を返済すれば本件各土地の所有権を被控訴人の名義に戻す」趣旨の書面を返り証としてもらうことになっていた旨の部分があるが、これは前掲各証拠に照らして措信し難いのみならず、かえって《証拠省略》によれば、昭和四四年一二月二七日、加藤が右売買の残代金一、九〇〇万円の領収書に「譲渡担保に依る借入金残額」と記入したところ、控訴人が間違いだと言ってその部分に線を引いて消させた事実が認められるのであって、この事実に徴すれば、加藤が右売買を譲渡担保契約としたい意向を有していたことは想像されるが、右売買が譲渡担保契約であったとは認めることができない。そして、他に以上認定の各事実を覆えすに足りる証拠はない。

なお、本件各土地の当時の価格は、《証拠省略》を総合すれば、少なくとも五、〇〇〇万円を下らなかったものと認められ(る。)《証拠判断省略》

二、よって考えるに、以上に認定した事実によれば、加藤が被控訴人の代理人と称して本件各土地につき締結した売買契約が無権代理行為に該当することは明らかである。

ところで、控訴人は、加藤との間の右売買契約締結に際し、加藤が被控訴人の白紙委任状、印鑑証明書及び本件各土地の権利証を提示し、被控訴人を代理して本件各土地を売却する権限を有する旨告げたので、その言葉をそのまま信用したというのであるが、控訴人は加藤とは右売買取引で初めて知合った仲であり、加藤と被控訴人との関係等についてはさしてくわしく知ってはいなかったと認められ、しかも被控訴人の委任状は同人の署名押印はあるものの、委任の内容は全く記載のない白紙委任状であったこと、控訴人は、加藤から当初同人が設立する会社の資金等の調達ということで、本件各土地を担保として金二、五〇〇万円から三、〇〇〇万円程度の借用方を申込まれたものであるが、それを控訴人が拒絶したため一転して売買の話になったものであること、かようにして売買の話となった以上、格別の事情がない限り、本件各土地の売買価格は時価を念頭において交渉されるのが常態と考えられるのに、そのような交渉経過は全く認めることができず、結局本件各土地は、これを担保にして借用方を申込んだ額とほとんど同額あるいはそれ以下の二、四〇〇万円で控訴人に売却されることとなったものであり、しかも右代金は、時価の半額ないしそれを下回る極めて低い金額であったこと、加えて、右売買の目的物件が山林三五筆に及ぶ大きな取引であったことにも思いをいたすと、不動産取引業者たる控訴人としては、はたして本人である被控訴人が真実右のような売買取引をする意思があって、その代理権を加藤に授与したものであるかどうかについて疑念をもつべきが当然であって、このことは加藤が不動産取引業者であったことを考慮に入れても異なるものではない。そうであるとすれば、控訴人は、直接被控訴人に対し問合せるなどして加藤の代理権の有無を調査し、取引関係者に不測の損害を被らしめないよう慎重な配慮をもって取引をなすべき義務があり、又右調査等をすることはさして困難なことではなかったと認められるにもかかわらず、控訴人はかような調査等を怠り、漫然と加藤の言葉を信じてその権限を調査することなく、正常な取引観からすれば疑念を感じる程の低廉な価額で本件各土地を買い取る旨の契約を締結し、かつ所有権移転登記手続をしてしまったのであるから、そのことについては控訴人にも過失があったものというべきである。しかも控訴人は右売買成立後本件各土地のうち三〇筆をわずか一〇日も経ないうちに、その余の五筆も二〇日ばかりの後に、倍額に近い代金で他に転売し、転得者に対する所有権移転登記手続を完了して、本件各土地に対する被控訴人の所有権の登記名義の回復を一層困難な状態に至らしめたのであって、被控訴人にかかる損害が生じたのは、加藤及び控訴人の関連共同する違法行為によるものであり、控訴人もまた、被控訴人に対し民法七〇九条に規定する不法行為責任を免れることはできないものというべきである。

なお、《証拠省略》によれば、控訴人が転売による利益の一部を仲介者らに礼金として贈与した事実が認められるが、もとより以上の認定、判断を左右するものではない。

しかしながら、本件については、加藤に対し本件各土地の権利証、印鑑証明書のほか、白紙委任状を交付した点において、被控訴人にもまた、控訴人に対する関係で過失のあったことを否定しえないから、この点を考慮すれば、控訴人と被控訴人の双方の過失の割合は、五対五とするのが相当である。

三、そこで以下被控訴人の被った損害額について判断する。

被控訴人が、本件各土地の所有権の登記名義を回復するため、訴外株式会社飯嶋商会及び同会社から本件各土地の転売を受けた訴外石川銀一ら五名を相手どり、宇都宮地方裁判所に前記各所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴(昭和四五年(ワ)第二七号事件)を提起したことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、右訴訟の昭和四六年一二月六日の口頭弁論期日において、被控訴人と前記転得者である訴外石川銀一ら五名との間において、同訴外人らは被控訴人から昭和四七年二月末日限り示談金合計四、九〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに、被控訴人に対し本件各土地につき買戻しによる所有権移転登記手続をする旨の和解が成立し、被控訴人は右和解に基づき右訴外人らに対し右金四、九〇〇万円を支払い、右所有権移転登記を経由したことが認められる。

右認定の事実によれば、被控訴人が支出した右金四、九〇〇万円は、被控訴人が加藤及び控訴人の前記認定の不法行為によって失った本件各土地の所有権の登記名義を回復するために必要な費用として出捐を余儀なくされたものということができ、その金額も、それが裁判上の和解において定められたものであるところから、適正な額と認められる。従って右金四、九〇〇万円は全額本件不法行為により生じた損害というべきであるが、被控訴人にも控訴人に対する関係で前記のような過失が認められることを考えると、控訴人に対してはその半額に当る二、四五〇万円の賠償の責任を認めることが相当である。

四、よって、控訴人に対し賠償金の内金二、〇〇〇万円及び遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求を認容した原判決は結局正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 小堀勇 小川克介)

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